歯医者のしょっぱい楽屋裏

歯科医院に潜む闇は深い。

私のモンスターペイシェント列伝❶ 

はじめに

投稿プラットホームをはてなブログに変えて新シリーズをお送りします
これから書く内容は、タイトルのとおり、これまでにわたしが経験した問題患者、所謂モンスターペイシェントとのエピソードです。
一般に“モンペ”という略称は学校現場でのモンスターペアレントを指すようですが、医療の世界ではモンペ=問題患者を指す蔑称であることは当ブログを読もうと思った方なら常識。以後、当ブログでは「モンペ」で統一していきたいと思います。


モンペにもグレードがある

ひとくちにモンペと言っても、日常的に遭遇する嫌味な患者から、刑事事件にまで発展する劇ヤバケースもあるわけです。現にわたくし自身、刑事事件にまで至った例を経験しておりまして、今にして思えば命の危険さえあったのではないかと心寒い思いを今あらたにしております。
わたくしが鮮明に記憶している事件としては、岐阜県で発生した痛ましいコレ

breaking-news.jp

他には、被害者が歯科医ではありませんが、旧ソ連の軍用拳銃トカレフを一躍有名にしたこの事件が心に深く突き刺さって警鐘を鳴らし続けております。

ja.wikipedia.org

とにかく命まで奪われてしまっては元も子もないわけですが、そもそも医療に従事する者は、その教育課程のいずこかで利他、他愛を叩き込まれていますから、他人からから恨まれたり、ましてや暴言や危害を加えられるようなつもりはまったくないはでずです。しかし現実には、モンペという言葉が存在し、基幹病院の多くに、顔面威圧係と自嘲する警察OBが常駐していたりする。特に最近、医療費の窓口負担が増加したり、トンデモ情報を流布して恥じない愚か者が煽るせいか、いつの間に医療職は批判やクレームの対象になりがちで、つい先日も浦和の郵便局に立てこもった高齢の犯人によって狙撃される事件があったばかり。これは非常〜に由々しき事態で、被害に遭われた医療職の心中やいかばかりかと思います。なにせ患者を救い疾病の快癒を願っていたはずですから。

そんな医療職の真心を踏みにじる輩がモンスターペイシェントであるわけですが、彼らを影響の大きさから、『狼』『虎』『鬼』『龍』の4グレードにカテゴライズして語っていく所存です。これは私が大好きなヒーローマンガ、ワンパンマンに頂戴したものです。当ブログのアイキャチ画像も主人公・サイタマを拝借。アニメ化もされておりますが(現在シーズン3製作中)原作は無料で読めますしホント面白いのでお勧めの一作です。

tonarinoyj.jp

それでは、最初のモンペ。

モンペレベル虎

『わたし、プロなんですけど』

最終の患者が早々と終わり、そそくさと後片付けをしている晩秋の夕刻のことでした。
顔を苦痛にゆがめた見知らぬ中年の女性が、スリッパも突っかけずにズカズカと入ってきます。そして受付に、

「痛いんでこれから診てもらえます?」

と、受付カウンターに肩肘突いた姿勢で要求してきました。

 このパターンはマズイことが起こる──経験に鍛えられた直感が私の背中を強く押します。
「おうおうにいちゃん、ちぃとばかしツラ貸せや」
のスタイルといったらお分かりになるかと思いますが、そんな否応ない態度で迫られては受付係もびびってしまいます。至極当然に、私が応対に立ちました。
 もしかしたら、あまりの痛さに余裕を無くしているかもしれない──そんな医療人なら殆どの者が備えている憐憫のせいで、とりあえず耳を傾けることにしました。背後ではDHが、飛び込みでも対応OKのサインを送ってきます。ならばとばかりに、招き入れましたが、わたしの直感はど真ん中命中でした。
どうされましたか?

モンペ「右上の6番が痛くてたまらないので、抜髄してくれませんかね」
 右上の6番……この言葉を耳にした時点で、失敗したことに気づいておりました。それでも気を取り直して、というより、一秒でも早くお引き取りねがうべく、とりあえず口腔内を拝見しますが、患者の言う右上6番にはカリエスどころか、修復処置の痕跡すらありません。それでも隣接面に見落としがある可能性を考えてレントゲン撮影を行いましたが、案の定カリエスフリー。その画像を提示しながら、あらためて患者に向き合います。
「あなたの言う右上6は、なんら問題ないようです。どこか他の箇所と間違えているということはないのですか?」
「そんなことは絶対にありません。私、氷をかじって確かめたんです。しみるのは間違いなく右上6なんです!」
 (チェッ、ぜんぜん急患案件じゃねーよな、という言葉を無理やり飲みこんで)
「……では痛いのではなくて、しみるのですね?」
 わたしをジロリと睨みつけてから「そうです、痛いくらいしみるんです!」
 そう強く言われては、私も確かめざるをえません。しかし、スリーウェイシリンジでエアーを吹きかけても、冷水診のために用意している氷水を含ませても痛みを訴えることはありませんでした。
「しみないようですね。たまたまアイスクリームをかじっ……」
 大声が遮ります

「今日はしみないんです。しみる時は頭にキーンと来るほど痛くて、耳の後ろまで痛くなるんですぅ!」
 ここまでのやりとりで、診断がついた方もけっこうおられるのではないかと思います。彼女の態度、口ぶり、カリエスフリー、不定な冷水痛、側頭部へ放散する痛み……。私もこの時点で診断が明確についておりました。しかし、モンペおばさんは矢継ぎ早にまくし立てます。
「ここに来る前に、K歯医者に行ったのよ。しみるから抜髄してくれって頼んでも、なんかわけのわからない説明を並べて、様子を見ろって言うから私、怒って飛び出してきたんさ」

「その足で、私のとこへ来たと?」
「そう。私だってヒマじゃないんだから、さっさと抜髄してよっ!」

 患者が前医であるK先生の悪口を言っているあいだに、保険証に目を通します。どうやら彼女は、市内中心部にあるウハ審美歯科の歯科衛生士であること。そこは強引な自費誘導を衛生士に業務の一部(大半?)として課しているらしいこと、40万近い月給も、おそらくインセンティブ付きであろうこと、派手な集客をラジオ、ネットで行っていること、さらには、万年求人が出ていることから、県名では最も香ばしい医院のひとつに数えられておりました。
 そして下顎に隆々と盛り上がる骨瘤を確認した上で、おもむろに告げます。
「あなたが言う、右上6番は抜髄する必要はありません。ざっくりと言えばストレスが原因で、日頃のイライラやお悩みを緩和しながら、薬物やスプリントなどで……」」
 この時点で患者は唇を噛みながら、舌打ちを漏らしつつ、ジロリと睨めつけてきます。

「あんた、なんだかんだ言って、早く帰りたいだけなんでしょう? これから大臼歯の抜髄なんか面倒だもんね。私、プロなんだからね。そんな子供だましの説明でだまされるもんか!」
 そう言うが早いか、ユニットから飛び下りると、受付にあった自分の保険証を引っ掴み、料金も支払わずに去っていきました。
 追いかけませんでした。何か会ったら料金未払いを逆手にとればいいですし、初診料やレントゲン代金も手切れ金だと思えばなんのことはない。

 強い食いしばりに継発したl非歯原性疼(心因性

 私が下した診断はそれでした。つい最近、ひょんなきっかけで前医のK先生にお尋ねする機会があったのですが、彼女のことはよく覚えていました。そして彼が下した診断も同じでありました。互いの懸命な判断を讃えあいながら、生ビールのグラスを傾けた次第です。

アナリシス(分析)

 歯科の業務経験者は、時に厄介な場合があります。カリエス歯周病ならば理解しやすいのでしょうが、このケースのように非歯原性疼痛は説明に苦慮します。この疾患を手がけない先生のところに勤務する衛生士、歯科助手はまずわからない、と断言しておきます。なにせ、先生がわからないのですから。
 わたしの経験では、非歯原性疼痛と判断した際、原因と痛みのメカニズム、治療方針を時間をかけて説明するのですが、おそらく患者の理解度は半分ほどでしょう。半信半疑であっても、治療が進み、次第に症状が緩和してくると多くの患者がこちら側に来てくれるのですが、それでも1割程度は、私を信じきれずに脱落します。残念ながら患者のIQ、EQ(情緒指数)によるところが大きいと思いますが、治療が奏効すれば彼らは絶大なファン患者となって長く通ってくれるはずです。現に当診療所のメインテナンス患者は、歯周病より非歯原性疼痛の患者の方が多いくらい。
 今般のケースでは迂闊に抜髄などしようものなら、延々と不定愁訴を訴えられエンドレスになる可能性が大。そんな患者が日々、当診療所の門を叩くのです。

 

この話、おもしろい後日談がありまして、それはまたのちほど。